2008/06/01

金剛三昧院

西国愛染十七霊場 十七番札所

さてさて、西国愛染霊場、最後の札所です。
高野山宿坊寺院の多くは通りに集中して建っているのですが、ここ金剛三昧院は通りから少し離れた小田原谷という所の最南部の山腹にあります。

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<山門>
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山門を入ると、正面に本堂が見えます。
右手には本坊があります。

源頼朝の妻、北条政子が頼朝の菩提を弔うため建暦元年(1211)に建て、禅定院と称しましたが、三代将軍・源実朝が永久元年(1219)に逝去、その遺骨を納めた時に寺名を禅定院から今の金剛三昧院と改めました。

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本堂に近づいてみることにします。
愛染巡礼、結願ということで、なんだか感慨無量です。

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本堂の賽銭箱の前には大錫杖が立ててあります。この柱部分を左右に廻し六輪を鳴らすと愛染様に願いが通じるそうです。
なるほど、大錫杖の先には紐が結んであり、それがそのまま本堂内の愛染様に繋がれいるんですネ~。
嬉しくなって、杖を何度も廻してしまいました。(笑)

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そしてこれが本堂内の愛染様。
確かに外からの紐が伸びて、愛染様の手のところに結ばれています。写真ではちょっとわかりづらいかもしれませんね。

鎌倉時代の作と伝えられる愛染明王像は等身大をはるかに上まわる大きくりっぱな坐像で、造像当時の信仰の大きさがうかがえます。

三月に巡礼を始めた西国愛染十七霊場はこの金剛三昧院をもって満願となりました。
巡礼を重ねるにつれて愛染様も、とても身近に感じるようになりました。ご縁が深くなったということでしょうか。これからも観音様や薬師様、そして不動明王様と同じように、お参りを重ねて行きたいと思います。ありがとうございました。
合掌。

長老坊 金剛三昧院長老坊 金剛三昧院
(ちょうろうぼう こんごうさんまいいん)
和歌山県伊都郡高野町高野山425
TEL 0736-56-3838
【宗派】 高野山真言宗別格本山
【開山】 北条政子、栄西禅師
【開創】 建暦元年(1211)

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福智院

西国愛染十七霊場 十六番札所

久々に西国愛染霊場巡礼です。
本日の二ヶ所をもって、西国愛染十七霊場も満願となります。

では、その二ヶ所のお寺がある一大聖地・高野山へ。
高野山は金剛峯寺をはじめ、117ものお寺があり、人口の4分の1がお坊さんという日本屈指の宗教都市です。

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まずは福智院。ここは高野山最大の宿坊だそうで、5,000坪の敷地に70もの部屋があります。
真言密教の修行場として開かれた高野山には、一般の宿泊施設はなく、参詣者はこうした宿坊(高野山には宿坊が52軒もある)に泊まるのが慣わしです。 福智院は高野山唯一の天然温泉が湧くところだとか、同じ宿坊に泊まるなら、ココに泊まりたいですね~。温泉は24時間入れるそうです。

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<愛染庭>

門を入って左手には愛染庭。
福智院の本尊である愛染明王の名を冠した庭見事な庭園です。

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その愛染庭の奥に本堂があります。
寺務所に寄って愛染様のお参りをお願いすると、一人の僧侶の方が本堂へと案内してくださいました。
お経を唱えてくださり、その後少しお話もしてくださいました。

さて、西国愛染霊場巡りも残すところあと一ヶ所です。

高野山 福智院高野山 福智院
(こうやさん ふくちいん)
和歌山県伊都郡高野町高野山657
TEL 0736-56-2021
【宗派】 高野山真言宗
【開山】 覚印阿闍梨
【開創】 平安末期

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2008/05/05

地蔵院

西国愛染十七霊場 十番札所

お昼前になって、パラパラと雨が降って来ました。

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日本三関のひとつ、関宿(せきじゅく)にあるお寺、「地蔵院」。
地蔵堂には「関の地蔵」として有名な地蔵菩薩をお祀りしています。
旧街道、関宿の中ほどにあるこの「地蔵院」は江戸時代には諸大名や多数の宮様などが休憩された名刹。

ところで「精一杯」のことを「関の山」といいますが、語源はこの「関」。
関宿の夏祭りで曵かれる山車が大変立派で、もうこれ以上の山車はないのでは?と、いう意味で「関の山」。あるいは、山車が狭い街道筋の屋根をぎりぎりを通過する様子から、これが目一杯という意味で「関の山」と言われるようになったとか。

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<地蔵堂>元禄十三年(1700)五代将軍、徳川綱吉によって再建。

行基菩薩が天平十三年(741)諸国に流行した天然痘から人々を救うため、この関の地にお地蔵様を刻んで安置したのが、この寺の始まりといわれています。

地蔵院のお地蔵さんは、首に麻の布切れを巻いているのが特徴的。
実は、この布にはこんな言い伝えが・・・関の地蔵と一休和尚


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<愛染堂>
札所本尊の愛染明王様は本堂南側の愛染堂にお祀りしています。
毎年8月26日の愛染祭りの日に御開帳。
愛染堂は室町時代初期の文永四年(1267)の建立で、寛永七年(1630)に修理され、室町鎌倉の建築様式としては 三重県下最古のものだそうです。 厨子は太閤・秀吉の寄進によるもので、銀箔を押しその上から透し彫りの模様をはめ込んだ非常に珍しいもの。

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関の町は江戸時代に参勤交代やお伊勢参りで大変賑わったところ。
今も往時の町並みが残っており、なかなか風情のある町です。

九関山 宝蔵寺 地蔵院九関山 宝蔵寺 地蔵院
(きゅうかんざん ほうぞうじ
 じぞういん)
三重県亀山市関町新所1173-2
TEL 05959-6-0018
【宗派】 真言宗御室派
【開山】 行基菩薩
【開創】 天平十三年(741)
【通称】 関の地蔵

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愛染院

西国愛染十七霊場 十一番札所

G・Wも終盤になりました。
今日は三重県のお寺を二ヶ所お参りいたします。

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愛染院は伊賀忍者屋敷のスグ近くにこあり、遍光山願成寺という真言宗豊山派のお寺です。本尊に愛染明王を祀ることから愛染院の名で知られ、また、「史跡芭蕉翁故郷塚」の石柱が建つ、松尾家代々の菩提寺でもあります。100mくらい離れたところには芭蕉の生家があります。

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門をくぐると正面に本堂があります。

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平安末期、この地で醍醐寺の憲深(けんじん)僧正が後鳥羽天皇の病気平癒を祈願しました。すると本尊の愛染明王より霊光が放たれ、たちまち天皇の病気が平癒したそうです。

霊験あらたかな愛染明王の元に熱心な信者が集まり、堂宇も整って寺勢が大いに隆昌したものの、天正九年(1581)の兵火によって消失。その後、寛文年間(1661~1673)に、法印実恵によって再興したのが現在の愛染院です。

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<芭蕉庵 故郷塚>
元禄七年(1694)10月12日、芭蕉は旅の途中、大阪で亡くなります(享年51)。遺骨は芭蕉の遺言により大津市膳所の義仲寺にある木曽義仲(源義仲)の墓の隣に葬られたのですが、訃報を受けた伊賀の門人・服部土芳と貝増卓袋は遺髪を持ち帰り、松尾家の墓所に納めました。それがこの故郷塚だそうです。

遍光山 愛染院 願成寺遍光山 愛染院 願成寺
(へんこうざん あいぜんいん
 がんじょうじ)
三重県伊賀市上野農人町354
TEL 0595-21-4144
【宗派】 真言宗豊山派
【開山】 憲深僧正
【開創】 不詳

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2008/05/03

西大寺

西国愛染十七霊場 十三番札所


西大寺は、大仏さんで有名な東の大寺、「東大寺」に対する西の大寺です。創建時(765)は薬師金堂、弥勒金堂、四王堂、十一面堂、東西の五重塔などが立ち並ぶ壮大な伽藍を持ち、南都七大寺の1つに数えられる大寺院でしたが、平安時代に入って衰退し、火災や台風で多くの堂塔が失われ、現在の伽藍はすべて江戸時代以降の再建です。現在は境内に本堂、愛染堂、四王堂、聚宝館(宝物館)、そして本堂前に東塔跡の礎石が残ります。

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<中央奥:愛染堂  右手前:本堂>

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<愛染堂>
京都御所の近衛公政所御殿を宝暦十二年(1762)に移築したもの。

Saidaiji_01sご本尊は秘仏ですが、毎年一定期間の御開扉があるようです。左の写真は御前立(かなりブレてますが・・・)。秘仏本尊の愛染明王坐像(重文)は宝治二年(1247)に作られたもので、小像ながら、日本の愛染明王像の代表作の1つだそうで、当初の彩色が現在もよく残っているのだそうです。

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<本堂>
堂内には釈迦三尊が祀られていて、仏様を囲むように無数の灯りがともされ、とても幻想的な空間です。

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<四王堂>
創建当初に造像された四天王像もちろんですが、正応二年(1289)亀山上皇によって京都から移された、 像高一丈八尺(約6m30cm)もの十一面観音立像は大変素晴らしいです。
建物は再三焼失し、現在のものは延宝二年(1674)に建立。

今回は三ヶ所を駆け足で巡礼しましたが、今日は本当に良いお天気で、気持ちの良い巡礼ができました。

西大寺西大寺(さいだいじ)
奈良市西大寺芝町1-1
TEL 0742-45-4700
【宗派】 真言律宗総本山
【開山】 称徳天皇
【開創】 天平宝字八年(764)
【中興】 叡尊上人

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宝山寺

西国愛染十七霊場 十四番札所

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<惣門へと続く石段>

生駒の聖天さんは人気の神、商売繁盛の神として、私たちの願いを現世において叶えてくださる霊験あらたかな仏(神)様で、全国各地からのお参りが絶えないそうです。
宝山寺は奈良市の西大寺を総本山とする真言律宗の、大本山となります。
延宝六年(1678)、湛海律師(たんかいりっし)により中興され、当初は都史陀山大聖無動寺(としたざんだいしょうむどうじ)といい、後に宝山寺とあらためられたそうです。

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<惣門>

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<本堂>
宝山寺の本尊は湛海律師作の不動明王です。
近畿三十六不動霊場第二十九番札所でもあります。

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<多宝塔>
愛染様は多宝塔に祀られています。

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<多宝塔内、愛染明王>御前立

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<聖天堂:左手前  本堂:中央奥>
宝山寺の本尊は不動明王ですが、「生駒の聖天さん」と呼ばれるように、本尊とは別に祀られる聖天さん(大聖歓喜天尊)の方が有名です。そして、その聖天さんを拝む時は、合掌だけでも、拍手を打っても良いそうです。たしかによく見ると大きなしめ縄がかかり、社殿のようでもあり、堂宇のようでもあり・・・

鳥居があったり、しめ縄があったり、聖天堂や本堂のすぐ背後には神体山がそびえていたりと、宝山寺はとても神秘的なところでした。

それでは、次の西大寺(ちょっと順番が逆ですが・・・)へまいります。

生駒山 宝山寺生駒山 宝山寺
(いこまさん ほうざんじ)
奈良県生駒市門前町1-1
TEL 0743-73-2005
【宗派】 真言律宗 大本山
【開山】 役小角(役行者)
【開創】 斉明天皇の重祚元年(655)
【中興】 湛海律師 延宝六年(1676)

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久修園院

西国愛染十七霊場 十二番札所

さてさて今日も愛染霊場巡りデス。本日は三ヶ所。
世間はG・Wの真っ只中。お天気も良く、絶好のお参り日和♪

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場所は枚方市の北東部、八幡市(京都府)の橋本に近いところ。
行基建立四十九院の一院でもあります。
真言律宗で本山は奈良・西大寺。ここは、その別格本山です。

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<愛染堂>

創建時の久修園院は広大な境内を有し、七堂伽藍が建ち並んだ大寺でしたが、大坂夏の陣の元和元年(1615)豊臣方の敗走兵がここに逃げ込み、放火自殺したことにより堂塔ことごとく焼失し、のち、延宝八年(1680)名僧の誉れ高い宗覚律師(そうかくりっし)が堂宇を再建しました。

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(愛染堂内)
中央に愛染明王、右に不動明王、左に虚空蔵菩薩が祀られる。

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高さ六尺(約2m)の巨大な愛染様は宗覚律師が亡き母を慕い、安置したものだそうです。母の愛を象徴する「慈母愛染像」。
お寺の方にご了解を頂き、ありがたく撮らせていただきました。

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<本堂>本尊・釈迦如来像が祀られています。

久修園院ではインターホンでお寺の方に連絡を取り、愛染堂、本堂の扉を開けて頂き、拝観させていただきました。
さて、次はまたちょっと順番を変えて、生駒の聖天さんへまいります。

天王山 久修園院天王山 久修園院
(てんのうざん くしゅうおんいん)
大阪府枚方市樟葉中之芝2丁目46
TEL 072-857-3969
【宗派】 真言律宗
【開山】 行基菩薩
【中興】 宗覚律師
【開創】 霊亀二年(716)
【通称】 釈迦堂、木津(こつ)寺

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2008/04/20

施福寺

西国愛染十七霊場 十五番札所

今日はちょっと巡礼の順番を飛ばして十五番札所へお参りデス。
西国観音霊場でもあるこのお寺は西国愛染霊場、最大の難所です。

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最初は間隔の広い大きな石段なのですが・・・

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段々と間隔は狭まり、・・・

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<南大門(楼門)>
そして山門。

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山門を抜けると、ここからは自然石の石段。けっこうキツイです。
西国観音巡礼で経験済みですが、かなり時間が経ってますので・・・

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愛染堂に着きました。山門からは約20分くらいでしょうか。

十六歳でこの寺に入った空海(弘法大師)は修行につとめ、延暦十二年(793)二十歳の時に、この場所で剃髪し得度したそうです。

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愛染堂内に祀られる愛染明王様。

さて、もう少し上の本堂にもお参りしましょう。

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<本堂>御本尊は十一面千手千眼観世音菩薩。

仏教公伝538年頃の創建で日本有数の古刹であるこのお寺、現在は塔頭七院にとどまりますが、最盛期には寺領二万石、三千余の僧侶をかかえ、八百の坊舎があったそうです。

本堂裏手には、御本尊と背中合わせにに馬頭観音が祀られています。これは西国三十三観音霊場復興の祖、花山法皇が道に迷った時に馬が道案内をし、無事ここにたどり着いたという故事にちなんでいるそうです。

槙尾山 施福寺槙尾山 施福寺
(まきのおさん せふくじ)
大阪府和泉市槙尾山136
TEL 0725-92-2332
【宗派】 天台宗
【開山】 行満上人
【開創】 欽明天皇の御宇(539~571)

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2008/04/06

覚性律庵

西国愛染十七霊場 九番札所

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<本堂(大雄殿)>
本堂のご本尊は阿弥陀如来です。

江戸時代の享保元年(1716)、得善近住という人がこの地に小庵を結んだのがこの寺の始まりだそうです。
昭和に入ってからは常住のご住職も少なくなり荒廃が進みましたが、昭和五十年に、比叡山で一期十二年の籠山行(千日回峰行)という世に知られた荒行を遂業された北嶺大行満大阿闍梨・光永澄道和尚が住職に就任し復興に着手されました。

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<愛染堂(法雲堂)>
奈良・薬師寺と京都・東福寺の古材を用いて造られています。

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ご本尊、愛染明王様は秘仏のようで、掛け軸がかかっていました。
毎年八月一日に、一年一度のご開帳があるそうです。
愛染明王像は鎌倉時代の作で、光永澄道和尚の護持仏だそうです。

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<妙見堂>
愛染堂の右奥に建つ妙見堂。
妙見菩薩様が祀られています。

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<不動堂>
愛染堂の左側に建っています。

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<愛染堂より寺務所付近を見下ろす>

今日は村?の青年団らしき人たちが(大学生のようだった・・・)参道の枝打ちをされてました。ちょっと邪魔しちゃったかナ?(汗)

寺尾山 覚性律庵寺尾山 覚性律庵
(てらおさん かくしょうりつあん)
滋賀県大津市仰木4丁目36-20
TEL 0775-73-2507
【宗派】 天台宗
【開山】 得善近住
【開創】 享保元年(1716)

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東寺(教王護国寺)

西国愛染十七霊場 八番札所

愛染霊場の巡礼を始めてから雨や曇りの日が多かったのですが、ここにきてやっとスカッと良い天気になりました♪
今日のお参りは京都の東寺。

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日本で最も高い国宝の五重塔。

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<大師堂・御影堂 門>
今日は愛染霊場の巡礼なので、金堂や講堂、五重塔などが建つメインスポットの方ではなく、こちらの門をくぐった毘沙門堂の方へ。
東寺の北西側に位置します。

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<毘沙門堂>
こちらが門を入ってスグ左手にある毘沙門堂。
大師堂の南にあります。

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毘沙門天の右隣に祀られる愛染明王様。
ちょっとわかりづらいですね(汗)

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<大師堂>
これは毘沙門堂の北側にある大師堂。

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さらにその北側に建つ大日堂の前には見事に咲き誇った桜が☆

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今日は境内で骨董市が開かれていました。

あっ、前回の東寺参拝記も見てくださいネ→こちら

次は湖西のお寺へ行きます。

東寺(教王護国寺)東寺(教王護国寺)
京都市南区九条町 1 番地
TEL 075-691-3325
【宗派】 東寺真言宗総本山
【開山】 藤原伊勢人
【開創】 延暦十五年(796)

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