2007/10/14

貴船神社

鞍馬寺の奥の院を通り、鞍馬山を下りて次は貴船神社本宮へ。

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貴船口から数えて二つ目の「二の鳥居」と貴船の町並み。
京都の奥座敷といわれるように、料理屋さんが軒を並べます。

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鳥居を越えると南参道。84段の石段。
名探偵コナン「迷宮の十字路:クロスロード」の
映画ポスター&パンフにも使われた、春日灯篭が連なる参道。

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石段を上り詰めると手前が手水舎、奥が拝殿・本殿が見えます。
最近新しくなった社殿はとても美しいです。

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手水舎左横の石段を少し上ると正面に御神水が湧き出ています。
貴船山より湧き出した水はこれまで一度も枯れたことがないとか。

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全国に約500社の御分社を持つ、貴船神社の総本宮。
本宮は、元の鎮座地・奥宮から天喜三(1055)年に移築されました。
御祭神は、タカオカミノ神。水の神様です。

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絵馬はこの貴船神社が発祥なのだそうです。

Kifune_06境内にある樹齢約400年、高さ30mにもなる桂の御神木(ごしんぼく)。かつてこの地は大地の「気」が「生」まれる「根」源という意味で、「気生根」とも書いたそうで、この御神木はその名にピッタリですネ。

本来はこの本宮のほか、貴船川に沿って上流にある中宮「結社(ゆいのやしろ)」、奥宮の三社を詣りするのが習わしのようですが、今回は本宮だけのお詣りでした(汗)


貴船神社貴船神社
京都府京都市左京区鞍馬貴船町180
主祭神:高龗神(たかおかみのかみ)

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2007/05/27

御幸森神社

大阪コリアタウン」の西側入り口に『御幸森(みゆきもり)神社』があります。疎開道路に面して建っています。
前回は商店街を足早に通り過ぎてしまって、ゆっくりできなかったので、今回は商店街の名前の由来にもなったお宮さんをお参りしてから、再度商店街に歩いて行きたいと思います。

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<御幸森神社>

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<御幸森神社のスグ前を通る「疎開道路」>
太平洋戦争中、空襲による類・延焼を防止と軍需施設への交通路の確保を目的として敷設された道路。その際に建物が強制的に立ち退き(疎開)したことから、こう呼ばれるようになったそうです。
正式名称は「豊里矢田線」

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<手前、社務所と奥に本殿>

御幸森神社(御幸森天神宮)の創建の年は詳しくわかりませんが、1600年ほど前、仁徳天皇はこのあたりに渡来した百済の人々の先進の文化を見聞するためや、鷹狩の道すがら、度々この森を訪れ、休憩したようで、それが(御幸の森)という名の由来になりました。
<行幸(御幸)=天皇の外出>

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<正面から見た本殿>

そのことがあって、仁徳天皇崩御の後、この森に社殿を建立し天皇の神霊を奉祀して御幸宮としたのが始まりのようです。
仁徳天皇、少彦名命(すくなひこなのみこと)、押坂彦命(おさかひこのみこと)を主祭神としています。
江戸時代までは『御幸宮』または『天皇天神社』と称していましたが、明治維新の折、神仏分離の制が敷かれたのを機に社号を御幸森天神宮と改称しました。

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Miyukimori_07sここが、仁徳天皇がご休憩されたといわれる場所です。
この石の上に腰掛けて、人々の話を聞いたり、鷹狩りの鷹の行方をご覧になったりしていたのでしょうか。
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この御幸森神社の少し南に位置するところには「つるの橋」という、日本最古の橋の史跡などがあり、この周辺はなかなか古代ロマンを掻き立ててくれる所ですね~。

と、そんな古代ロマンに思いを馳せながら、今日はこれから再び、「大阪コリアタウン」へ出没です♪

御幸森神社■御幸森神社(御幸森天神宮)
生野区桃谷3-10- 5
JR大阪環状線『桃谷』駅下車
            東へ10分

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2006/06/04

氏神さまを訪ねて

さて、我が家は数年この地(どの地?:笑)に住んでおりますが、ここの氏神さまにお参りしたことがありません。氏神さまとは私たちが住む地域を守護する神様のことですね、ま、居住しているところの最寄りの神社に祀られる神さまということでしょうか?
元来、氏神さまとは字の通り「氏の神」、つまり一族(氏)を守護する神様のことでしたが、時代が流れ、さまざまな人々がその土地に住み、その神社にお参りするようになりました。そこで神社創建当時に使っていた「氏神様」という言い方がそのまま受け継がれ、他の人々も「氏神様」と呼んでお参りするようになったとか。産土神(うぶすなのかみ)や鎮守さまと同じに考えられるようになったのですね。
詳しいことは各位お調べになってください、私の間違いかもしれませんので(汗)。
あっ、とにかくそーゆーことで、ご挨拶に伺わねば。
ε=ε=ε=┌| ∵|┘
区役所に聞いてみたり、最寄りのいくつかの神社に訪ねてみたりして、やっとのことで見つかりました、我が家の氏神さま♪

Yatsurugijinjya_01八劔神社(やつるぎじんじゃ)
応永3年(1396年)の創祀と伝えられ、速素盞鳴尊(はやすさのおのみこと)・水波能売神(みずはのめのかみ)を祭神としています。

応永のはじめのある夜、鴫野村住民の夢の中に一人の老翁が現れ、「吾は熱田の神なり、跡を此の地に垂れんと欲す。明日汝等出て来て吾を淀川の辺に迎えよ」とのお告げがあったので、翌日、村民十数人を呼んで河辺に来ると小蛇が陸に上がって行ったそうです。その姿は大変悠々としていて、一同がこれに従って行くと、小蛇は川を越えて当地に入り、その留まったところに小さな祠を建てて祀ったのがこの神社の始まりだそうです。

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鳥居を進むと、拝殿が見えてきました。

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とても近代的な拝殿です、ちょっとビックリです。鉄骨造で屋根は銅板葺きです。平成12年に新築されたそうです。とてもキレイです。

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拝殿の右側面の方へ回り込むと、本殿を拝見することができます。木造で屋根は拝殿と同じく銅板葺きです。
こちらも平成12年に改築されています。端垣(本殿を囲む塀)は伊勢神宮様式で、垣内は白玉砂利敷きだそうです。平成12年は八劔神社、創建600年だったそうで、それで拝殿も本殿も新しくされたのでしょうね。

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本殿右には末社の戎神社、幸神社、弁天社がありました。
奥にだんじりの車庫が見えます。

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八劔神社に隣接して、「大日寺」というお寺があります。
弘仁年間(810~824)弘法大師が当地を訪れ、難産に苦しむ女性に遭遇、このことから大師は世の女性の難産を除かんがため、一刀三礼で自ら子安大日如来を刻み、安置したのがこのお寺の始まりだそうです。
本堂内にはたくさんの仏様、(弘法大師作の大日如来のほか、如意輪観音、不動明王や釈迦如来、阿弥陀如来、など)がいらっしゃいました。この日は本堂内に入れなかったのがちょっと残念です。しかしながら自宅の近くにこんなにりっぱな仏様がいらっしゃるとは、ほんとに驚きです。
摂津国八十八箇所、十三番札所。

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そんなワケで我が家の氏神様にやっとお会いできました♪

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2006/05/21

長岡天満宮

やっとこサで、晴れました。久々のイイ天気・・・のような気がします。
今日は長岡京市にある長岡天満宮へお参りに行きます。

Nagaokatenmangu_04s天満宮と言えば、学問の神様、菅原道真(すがわらのみちざね)公をお祀りしているところですね。全国で一番有名なのは九州の太宰府天満宮でしょうか。この長岡天満宮は道真が太宰府に左遷される前によく訪れた縁深いところなのです。
55才で右大臣という官僚のトップにまで上り詰めた道真、それを妬んだ藤原時平の策略によって、醍醐天皇から左遷を言い渡されます。しかし彼が世を去ってからというもの、都では次々と、道真追放に関わった人たちが変死、ついには落雷によって、一度に数人が死亡するということまでも・・・
この落雷事件から道真は雷神と結びつけられ、京都の北野に北野天満宮を建立して道真の祟りを鎮めました。以降、道真を「天神様」として信仰する天神信仰が全国に広まったのです。道真が生前、とても優れた学者・歌人であったことから、後に天神は学問の神として信仰されるようになったのです。
と、ちょっと天満宮について、お勉強してみました。

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長岡天満宮の入り口正面にそびえる、大鳥居です。平成14年に奉納されました。近隣でも数少ない石の大鳥居だそうです。

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境内には八条ケ池がひろがります。この八条ケ池は、寛永十五年(1638)に当時の領主・八条宮が造るように命じた、灌漑用の溜め池です。外周は約1㎞、貯水量 は約3万5千トンだそうです。総檜造りの水上橋が見えます。

それでは社殿に向かって歩いていきましょう。

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4月の末頃はこのあたりは「キリシマツツジ」が真紅の花を咲かせるそうですが、もうこの時期はぜんぜんありませんねえ。ちょっと残念。樹齢130年前後と推定されるキリシマツツジは市の天然記念物だそうです。

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おっ、もうそろそろ社殿ですね~。

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見えてきました♪

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本殿は昭和十六年に京都平安神宮の社殿を拝領移築したもので、素木の本殿は端正で丈が高く美しい姿をしています。

あっ、そうそう、ここ長岡京市は「神霊による人生相談」の西岡先生が昔、住まわれていたところで、この長岡天満宮は先生ご一家もよく訪れたそうです♪
西岡せんせ~い!どうです?先生がよくお参りした昔と変わってますか?(笑)

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お稲荷様にもご挨拶を!

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長岡稲荷大明神。
明治三十三年(1900)に建立された稲荷社です。
ここ長岡天満宮には、稲荷社を含め六つの末社と一箇所の地蔵尊が祀られています。

では次にそのお地蔵様、笠松地蔵尊へお参りに。
えっ?なぜかって?

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それはね、このお地蔵様は、ちるりんさんのお友達だからです。(笑)
昔、よくこのあたりで遊んでいたそうです。
どうです、ちるりんさん、昔と変わってますぅ?

そんなワケで、今日の長岡天満宮、とても清々しい天気で、とても気持ち良くお参りできました。
今度はツツジの時期に来たいなあ~。

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2006/01/22

日吉大社

今日は久々に西国薬師霊場をお参りすべく比叡山延暦寺に向かったのですが、(朝9時半)比叡山ドライブウェイで「待った」を宣告。なんでも道が凍結しているところがあって、スノータイヤでないと通行できませんとのこと、もう少し気温が上がるとノーマルタイヤでもOKだそうで、しかたなく、山を下り時間をつぶすことになりました。
そこで湖西道路を走っていると、『日吉大社』の標識が!
なんだかとっても神社をお参りしたくなったので、さっそく行ってみることにしました。

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<おお、柴犬だ!>

03上の鳥居の写真の一番左には延暦寺の石碑が!?そうですここ日吉大社は天台宗(比叡山延暦寺)の護法神、あるいは加護神として祀られるところだったのです。偶然お参りに立ち寄ったのですが、古事記にも「大山咋神、亦の名を山末之大主神。此の神は近淡海国の日枝の山に坐し・・・」とあるように、ここは神代の昔より比叡山に鎮坐する地主神であるということです。ここでご挨拶をしてから、比叡山に入るなんて、今日はとても良い順序でお参りができますネ♪

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<山王鳥居>

08受付を過ぎてしばらくすると、もう一つ鳥居が。この鳥居、さきほどのとはちょっと形が違いますね、一番上の柱が合掌造りになっています。これは日吉大社特有のもので、山王鳥居というそうです。
そこをくぐると、右手に神馬堂、そしてその横には『神猿(マサル)』さんが!?
そうです、ここ日吉大社の神使(しんし)はお猿さんなのです。神猿と書いてマサルと読みます。『魔が去る・何よりも勝る』として、とても縁起の良いものだそうです。この神猿により厄魔は退散し開運招福、一家は益々繁栄すると信仰されているそうです。
あっ、因みに伏見稲荷大社の神使は「キツネ」、春日大社は「鹿」、というようにそれそれの神社には、こうして神様とのご縁を結ぶ、お使いがいらっしゃるのですネ。これを調べてみるのも面白いかも。

それでは境内一番左端の西本宮から参拝いたしましょう。

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<西本宮楼門>

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<西本宮本殿(国宝)>

西本宮は天智天皇(668年)に大津京の守護神として奈良県の大神神社(三輪明神)より大己貴神を勧請したのが始まりだそうです。元亀二年(1571)に織田信長の比叡山焼打に遭い、焼失したのですが、天正十四年(1586)に平安時代の姿そのままに再築され国宝に指定されています。

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<宇佐宮は慶長三年(1598)に建立>

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<白山宮本殿 慶長三年(1598)建立>

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<東本宮本殿 文禄四年(1595)再建>

14東本宮の御祭神「大山咋神」は古事記神話にも登場する比叡山の神です。そして東本宮境内には父神である大物忌神社は稲の神、母神である新物忌神社は水の神。叔父神を祀る稲荷社(商売繁盛)、兄姉神の竃殿社(料理上達)、妻神の樹下宮(安産)、その兄神の樹下若宮(学芸上達)。このように神々のご家族が一堂に会して鎮座されている大変珍しい神社だそうです。(家内安全)

■山王総本宮 日吉大社
〒520-0013 滋賀県大津市坂本5丁目1番1号
TEL(077)578-0009

15東本宮の楼門をあとに、それではここでちるりん亭の女将さんに教えていただいた、名物のお猿の最中を買いに行こうと思います。

■鶴屋益光
〒520-0113 滋賀県大津市坂本4-11-43
TEL(077)578-0055
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ありました、ありました、お猿の最中!軒先に積み上げられて、お猿さんがいっぱい♪
かわいいデス~☆
その名も、日吉銘菓
『比叡のお猿さん』。

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<鶴喜蕎麦 本店>

このご近所には、比叡山麓、坂本名物の「本家 鶴喜蕎麦」本店があります。築120年にもなるという母屋はそれはそれは風格のあるお店構えでした。あっ、時間がなくてね、寄れてません、お昼には時間もはやかったしね~(汗)、とりあえず写真だけデス。

■本家鶴喜そば本店
滋賀県大津市坂本4-11-40
TEL077-578-0002

さてさて、それでは比叡山延暦寺、根本中堂をめざしましょう。

つづく

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2006/01/15

お稲荷さん

今日はちょっと京都の伏見稲荷大社へお参りデス。

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<境内の駐車場へ入るのはすでに順番待ち>

境内駐車場の入場は朝8時半からということで、その時刻に合わせて着くように行ったのですが、時すでに遅し。私たちが着いた頃にはもう駐車場は満車。みなさん何時から来られてるのでしょう?

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<内拝殿>

賑わってます、賑わってます。これは早くお参りしなければ。りっぱな楼門があるのですが、ちょっと逆光でうまく撮れませんでしたので今回はカットです(汗)

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本殿横の写真ですが、テントが張られ、ご祈祷待ちの参拝者の方が、少しでも寒くないように工夫してあります。しかしすごい順番待ちの列でした。

ここ伏見稲荷大社の主祭神は『宇迦之御魂神』(うたのみたまのかみ)です。八百万(やおよろず)の神々の中でも代表的な食物神。神名の『宇迦』(うか)は『食』(うけ)と同じ意味で食物のことをさし、そこからこの神の基本的な性格は五穀・食物をつかさどる神とされています。「稲成(いねな)る」が転訛したともいわれる「稲荷」、稲荷信仰と食物神である「宇迦之御魂神」とは必然的に結びついたのですね。そして、この稲荷信仰は急速に広がり、稲荷神の性格も本来の農耕神から、商工業をはじめとする諸産業の神へと拡大していったそうです。現在、全国の稲荷神社・稲荷社は三万二千社にのぼり、名もない小さな小社まで含めると四万とも五万ともいわれます。その代表的なお社がこの伏見稲荷大社です。

ってなワケで、ウタノミタマノ神=稲荷神の神徳は「五穀豊穣」「産業興隆」「商売繁盛」「家内安全」「芸能上達」などを中心になんでも可能なとても素晴らしい神様なのです♪

さて、それでは、本殿での参拝をすませ、奥の院、そして、三の峰まで上ることにします。

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<玉山稲荷社>

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<白狐社の前ではネコちゃんが>

本殿裏の石段をちょっと駆け上がると、いくつものお社があります。その中のいくつかをパチリ!予習を怠った私はどこにお参りしたらよいのか?あるいはぜ~んぶお参りして廻らなくてはいけないものなのか・・・(汗)。とにかく奥の院、それから少し上の三ノ峰を目指すことに。

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<千本鳥居>

この千本鳥居をくぐり抜けると、奥の院に出ます。右を通っても左を通ってもいいのですが、矢印がついているので、左から入って、右から戻ってくるのでしょうね。

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<おもかる石の灯篭>
11奥の院妙婦社の右奥に『おもかる石』の灯篭があります。てっぺんの丸い石の部分を持ち上げて、その石が思ったよりも軽ければ願いが叶い、予想に反して重ければ願いはまだ叶わないという占い石です。
私は残念ながら、想像していたより重く感じられました。まだまだ願い事が叶うのは先のようです。(汗)

02そして、ここではお清めの塩ならぬ『お清めの砂』というのを頂きました。これってどういうふーにお清めするのでしょう?塩と同じように盛るのでしょうか?それとも撒くのでしょうか?

13さて、それでは三ツ辻、四ツ辻と上っていくとしますか。熊鷹社、そして新池を通り過ぎると、三ツ辻に出ます。それから石段を400段上ってやっと四ツ辻です。久しぶりに石段を上るのでこたえます、けっこうキツイです。

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<こんな感じの茶店が、数軒あります>

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<四ツ辻附近からの眺望>

四ツ辻附近には京都市内や伏見の街が見下ろせます。ここには茶店があり、軽食をとることもできます。今日もたくさんの方が休憩されてました。私たちが目指す三ノ峰はもうスグです。「ふぅー」。

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<三ノ峰(下之社神蹟)>

下之社神蹟です。西岡先生のお話でよく出てくる、『白菊じぃ~じ』でおなじみの白菊大神さまが祀られています。 伏見稲荷大社にお参りしたら、必ずココにもお参りしたかったので、感激デス。

本当はまだまだ上に「間ノ峰」・「二ノ峰」・「一ノ峰」と続き、多くのお社があるのですが、今日はココでダウンです。今度お参りに来た時には必ず一ノ峰まで上らなければ。(汗)

そんなこんなで、山を下り、ちょっとお買い物デス。

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<スズメやウズラの焼き鳥が!?>

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ぎょええええ!姿焼きまであるっ!>

私は今まで、伏見稲荷の名物は「七味唐辛子」や「稲荷寿司」だとばかり思っていたら、これも名物なんですね。稲などの穀物を食べてしまうスズメやウズラは焼いて食ってしまえ・・・ってトコですか?(汗)

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こちらが今日お買上げの手焼きせんべいのお店。
なんだかホッとします。(笑)

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<そして、帰って撮った写真。おいしそうでしょう~♪>

久しぶりにお参りした神社、とても清々しい気分になりました。
日本の神々をお参りするのはとてもステキな事です。
今年もお寺で仏様をお参りする傍ら、できる限り神社もお参りしたいと思います☆

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2005/10/10

お多賀さん

今日はお友達と一緒に西岡先生の所へ、そしてそれから西岡先生の引率?(笑)で多賀大社(滋賀県犬上郡)→観音正寺(滋賀県蒲生郡)→長命寺(滋賀県近江八幡市)にお参りします。真理指導を受けながらお参りできるなんて、とても楽しみデス。

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まずは、お多賀さん。お多賀さんとは滋賀県は多賀町にある多賀大社のことです。ってコレ前にも書きましたけど(汗)昔から「お多賀さま」と呼ばれ人々に親しまれてきたお宮さんです。ここには日本の神々の生みの親とされる、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)が祀られています。すごいですね、お伊勢さんで親しまれる伊勢神宮の天照大神(あまてらすおおみかみ)も、当然のことながら、このお二人のお子なのですネ。「お伊勢参らば多賀にも参れ。お伊勢はお多賀の子でござる」という謡もあります。国土や神々を生んだ最初の夫婦神なのです。
ネ、素晴らしいでしょ!

ところで、せっかく西岡先生とお参りに来たのに、着いたとたんに大粒の雨が・・・ところが拝殿に近づくにつれ雨は小降りになり、そして止んじゃいました。西岡先生、曰く、「お参り直前にこうして雨が降り、お参りする時はスッと雨が止む、そーゆー天気はとてもイイお参り日和なのデス」だとか。適度な雨は木々や大地を浄化し、神様も大変喜ばれるということデス。ん〜なるほど!これは西岡先生とご一緒ならではの出来事ですネ♪
でもこれではまだまだ説明不足。なので詳しくは西岡先生のHPの『ちょっと一言』10月16日分でどうぞ。(汗)

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鳥居をくぐるとスグ正面にそり橋が見えます、前回お参りした時はこの橋を渡ったような気がしますが、今回は左から回り込み、神門へ向かいます。

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そり橋の次に神門、そこをくぐると拝殿まで真っ直ぐに参道がつづきます。手前左に少し見えるのが手水舎(ちょうずや)、ここで手や口を清めます。参道の中央は「正中」といって、神様の通るところとされているので、参拝者は参道の両端を進むのが作法です。そのことを先生に確認すると、先生は「私は真ん中を通るようにと神様から言われてるヨ」と、いうご返答。。。
神様と交信のできる先生は特別許可です(驚)
気持ちよさそうに中央を歩く先生を見ていると、とても羨ましく思えますゥ♪

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<本殿・拝殿>

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<拝殿正面>

拝殿の前に立つと、背筋がピシッとします、周りのざわめきも消え、ピィーンと張りつめたとても厳かな気持ちになります。先生はここで、持参したお酒などをお供えします。拍手の音の出し方などを先生に教わりながらの参拝です。「早くお願い事をしなさい、と、神様が言ってるヨ」と先生。「あれっ?」まだちゃんと伝わってないんだ、さらに気持ちを引き締めてお願いをしました。先生がその都度、神様のお言葉を伝えてくれるので、とても不思議で、とても嬉しくて、とてもありがたい気持ちデス☆

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<神馬堂>

さてさて、神馬堂のお馬さんを左手に見ながら多賀大社を出て鳥居前のお店で『糸切餅』をいただきます!あ、そうそう、この神馬堂に祀られているお馬さん、けっこうなおじいさんらしいです、先生がおっしゃってました(笑)

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<莚寿堂本舗>

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<糸切餅、2コ \100>

久しぶりに食べた糸切餅、美味しかったなあ♪
さ、次は観音正寺にお参りデス!

つづく

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2005/09/25

思い立ったらお伊勢さん

土曜日の晩、仕事から帰ったらなぜかムズムズと参拝意欲が涌いてきて、ついに夜中に出発!
仕事で疲れてるハズなのに、なんでお参りしたくなったんだろう?よくわかりませんが思い立ったら吉日。即、行動であります。

日付が変わった0時過ぎ、「えっ!こんな時間にドコ行くの?」ってな表情の愛犬2匹をクルマに放り込み、近くの「ドンキホーテ」で必要なものを購入して午前1時イザ出発。
面白いですね、真夜中のドンキホーテ。女性はほとんどがすっぴん、無防備です。まるで風呂上がり(笑)。
そんなことに感心?しながらクルマは西名阪→名阪国道→伊勢自動車道と順調に走ります。
あ、途中、伊賀上野の少し前くらいのところでクルマ3台の玉突き事故があったみたいで、警官に誘導されながら、現場横を通りました。トラックはガードレールに乗り上げ横転寸前、ワンボックスは後部を大破。こ、怖い、もう少し早い時間にココを通っていたら・・・とにかく安全運転、気を引き締めて、行きましょ。

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<かなり寂しい真夜中のSA>

名阪国道の関JCTから伊勢自動車道に入ってひとつ目のSA『安濃(anou)』でちょっと休憩。
それからまたクルマを走らせ午前4時、伊勢西インターを降りました。

ところで「お伊勢さん」と親しく呼ばれている「伊勢神宮」、単に「神宮」というのが正式な名称なのですねえ、私はこの歳になって初めて知りました。
神宮は伊勢・宇治の五十鈴(いすず)川上にある皇大神宮(こうたいじんぐう、内宮=ないくう)と、そこから6キロ離れた伊勢・山田の原にある豊受大神宮(とようけだいじんぐう、外宮=げくう)の総称で、古くは伊勢太神宮(いせのおおみかみのみや)とも言ったそうです。

まずは神宮の外宮(げくう)から参拝するのがならわしなので、そちらの方へ。ちょっと早すぎるのでコンビニに寄ったりしながら、午前5時に外宮の駐車場に入りました。外はまだ真っ暗なので、明るくなるまでここで待つことにします。ちょっと仮眠。(このままお昼頃まで眠ってしまったらどうしよう・・・)

午前6時半、そろそろお参りしますか。(ヤッタァー!寝過ごさなかったヨォ)、早朝の参拝は大変気持ちの良いものです、さらに今日は風が強い(台風の影響かな?)ものの、空は澄み渡り、とってもイイ気分です♪

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<ここから入ります>

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<九丈殿の前を通り過ぎ・・・>

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<ここが、豊受大神宮(外宮)の正宮>

外宮にはお米をはじめ、衣食住の恵みをお与えくださる産業の守護神、豊受大御神(とようけのおおみかみ)が祀られています。第二十一代雄略天皇の二十二年(西暦5世紀)、雄略(ゆうりゃく)天皇は、夢の中で天照大御神のお教えを受られ、豊受大御神を丹波の国(現、京都府北部)から、内宮にほど近い山田の原にお迎えしたそうです。今からおよそ1500年前ことです。天照大御神(あまてらすおおみかみ)のお食事をつかさどる御饌殿都神(みけつかみ=食物の神)としてお迎えしたワケですね。

それでは参拝を。二拝(最敬礼を二度行う)次に二拍手(手を二度打つ)次に一拝(最敬礼を一度行う)という作法に則って。
風が強かったせいもあるのでしょうが、木々のざわめきが神のささやきのように聞こえて頭の周りや体中に『気』を感じたような・・・。とても清々しい気分です。

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<長い石段を上がります>

別宮も同様にお参りしましょう。豊受大神宮大前の御池にかけられている亀石を渡ると、右手に土宮、左手に風宮があります。そして石段をあがり外宮の第一別宮である多賀宮に向かいます。

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<多賀宮(たかのみや)>

豊受大御神荒御魂(とようけおおみかみのあらみたま)。外宮の第一別宮として古くより特別な待遇を受けてきた古社だそうです。農業に携われる方や産業全般にわたって従事される人々の篤い崇敬を集めているのだそうです。

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<おーい、早よ帰ってこいヨ〜>

もっとよく勉強してお参りするのでした、わからないことだらけですネ。
クルマに戻りそれでは内宮へ向かいましょう。
今朝降りた伊勢西インターを挟んで、約6キロほど走ったところに内宮があります。
時刻も7時半になりました。陽もだいぶ上って、よく晴れています。気持ちよい朝です。

外宮も内宮も駐車場が無料なところがいいデス。しかも広い。でも早朝だから空いているのでしょうね、これがお昼近くになると、とんでもない混雑になるのでしょうねえ。

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<宇治橋>

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<五十鈴川>

五十鈴川に架かる宇治橋を渡って内宮(皇大神宮・こうたいじんぐう)へと進みます。
とても穏やかな流れの川でした、すごく神聖な感じがしました。

この内宮のご祭神が天照大御神(あまてらすおおみかみ)です。歴代天皇が皇室にてお祀りしていたのですが、第十代崇神(すじん)天皇(すじんてんのう)の代に大和の笠縫邑(かさぬいむら)に祀られ、それから各地を巡幸し、第十一代垂仁(すいにん)天皇の二十六年(約2000年前)に伊勢のこの地で祀られるようになりました。神宮では御名をたたえて、天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)といいます。
さて、先に進みましょう。

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<参道>

とにかくとても厳かな気持ちになります、とにかく気持ちイイです、ゾクゾクッと身が引き締まります。

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<手水舎>

この手水舎で身を清めます。本来は五十鈴川で手を洗い、口をすすぎ、川の中に入って禊(みそぎ)をし、心身を清めていたのですがこの手水舎で簡略化して行います。
ここで手水の仕方を。まず柄杓に水を汲んで、左右の手を洗います。次に左の掌に水を受けて、口をすすぎます。柄杓から直接口をつけるのは不作法とされていますのでご注意を。と、いうことです。

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<本当はここで禊(みそぎ)をしなければならないのです。>

参道の右手のゆるやかな斜面を下りていくと、元禄5年(1692)徳川綱吉の生母、桂昌院が寄進したものといわれる石畳を敷き詰めた五十鈴川岸の御手洗場(みたらし)にでます。本来はここでお清めするのですねえ。

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<皇大神宮(正宮)>

そこから少し参道を歩くと左手に正宮へと上がる石段が現れます、その石段の最上部に正宮があり天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)が祀られています。ここから先は写真撮影は厳禁です。
垂仁天皇26年にご鎮座されてから2000年、唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)と名付けられる建築様式のご正殿はじめ付属の殿舎ならびに御垣は、20年に1度、式年遷宮というお祭りで建て替えられます。それによって今でも2000年前と変わらない姿を拝見することができるのです。スゴイですねえ♪

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<平成25年に新築される場所>

この次の式年遷宮は平成25年です。上の写真の場所に新しく建てられるのです。

そしてここ内宮でもいくつか別宮を参拝しました。
本当にどこを参ってもピィーンと張り詰めた、そしてピュアな空気が印象的で清清しい気持ちになることができました☆

さて時刻はまだまだ午前8時をちょっと過ぎたところです、ちょっと門前町でも見物しますか。

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<早朝の門前町>

さすがにこの時間ではお店はまったく開いていませんね(笑)。
しかたないのでおかげ横丁付近の赤福本店でも見学しますかネ。

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<赤福本店>

赤福本店はしっかり開いていました。
ここで、お伊勢まいりの終了です。長々とお付き合いありがとうございました。次回お参りの時はもっとディープなところが発見できたらいいナ♪

今日はこのあと、三重県多気郡の薬師霊場をお参りします。
つづく。

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2005/02/13

お多賀さん

お多賀さんとは滋賀県は多賀町にある多賀大社のことです。昔から「お多賀さま」と呼ばれ人々に親しまれてきたお宮さんです。ここには日本の神々の生みの親とされる、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)が祀られています。すごいでしょ!あの、お伊勢さんで親しまれる伊勢神宮の天照大神(あまてらすおおみかみ)も、当然のことながら、このお二人の子なのです。「お伊勢参らば多賀にも参れ。お伊勢はお多賀の子でござる」という謡があるくらいですから。国土や神々を生んだ最初の夫婦神、ね、素晴らしいでしょ。これはお詣りしなければいけませんね。と、やって来ました多賀神社。

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鳥居前には5軒ほどのお店が並んでいます。ここでは名物の『糸切餅』(いときりもち)の他、お土産などが所狭しと売られています。お詣りする前に、名物『糸切餅』を食するのもいかがなものか?と思いながらもついつい買ってしまいました(笑)。一人前2コ入りで100円です。もちろんお土産用も買いましたヨ。中のあんこが飽きの来ない甘さで、いくつでも食べれそうです三本のストライプの柄がちょっと飴を連想させますが、予想を遙かに超えるおいしさです。お詣りの際はぜひぜひ買ってくださいネ。あ、そうそう、この糸切餅の天ぷらも売ってました。。。
お土産にあげたお友達の感想は「パクッといけるね」でした。オイオイ酒の肴にするなヨ。

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そして、お店の対面にそびえ立つ鳥居と右の社名標。
それではさっそくお詣りしましょう。

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鳥居をくぐって、すぐ目に入るのがそり橋。とても勾配がきつくて、渡りずらいです。「渡っていいのかナ?」と、思わせるくらいの角度です。

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神門は現在、改修工事中でした。ちょっと残念です。

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神門をくぐると左手に見えるのが手水舎(ちょうずや)。あ、ここでせっかくなので、多賀大社の写真を見ながら神社での参拝の仕方について勉強してみましょう(笑)。すべての神社に通ずる物ではありませんけどネ。

(1)まず、この手水舎に寄って、用意されている柄杓に清水をくみ、左手、右手の順で清めます。次に左手で清水を受けて口をすすぎます。これは神前に向かう前の身を浄める作法です。

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(2)さて、参道の奥正面に拝殿が見えます。参道の中央は「正中」といって、神様の通るところとされているので、参拝者は参道の両端を進むのが作法です。あ、いけませんね、中央を歩いてる方が見えますワ。

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(3)拝殿の前に立ったら、賽銭を入れ、鈴を鳴らします。これは神様への捧げものと、心霊を招く儀礼の簡略化された作法で、鈴には神様の注意を喚起するといった意味もあるそうです。(ん?ここは鈴があったっけかなあ?)

(4)二拝二拍一拝の順で行います。まず、直立した姿勢から深揖(しんゆう)と呼ばれる、深いおじぎをします。45度に体を折る礼を2度。ついで拍手を2度。それから両手を胸の前に合わせて祈念します。最後に直立の姿勢で深揖の礼をして終わります。参考書から丸写し(汗)ですが、参考になったでしょうか?

さて、そういうことで、私たちもお詣りを終えました。境内はとても空気が澄んでいて、良い気を感じました。これも神様の「気」がなせる業なのでしょうか?なんでしょう?生まれ変わったような気がします。

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境内に安置されている、「さざれ石」。あの君が代に詠(よ)まれている「さざれ石」です。岐阜県揖斐郡春日村の伊吹山のふもとから産出したものだそうです。

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神馬堂です。どこかのおじさんが、「あ、三連単買ったから当たるようにお願いしとこ」と言って手を合わせていました(笑)。

『古事記』では、国作りを終えた伊邪那岐命が後事を天照大神・須佐之男神・月読神の三貴子に託して、「淡海の多賀」に引退します。この宮が一般にこの多賀大社とされているそうです。(淡路島説もあるらしい?)なので、このお宮が伊邪那岐命の本拠地とされ、全国多賀神社、233社の総本社となっています。

もっとゆっくりお詣りしたかったのですが、約束の時間まであと少し、この近くの湖東三山のひとつ、「西明寺」もお参りしたかったので、先を急ぐことにしました。
つづく

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