土曜日の晩、仕事から帰ったらなぜかムズムズと参拝意欲が涌いてきて、ついに夜中に出発!
仕事で疲れてるハズなのに、なんでお参りしたくなったんだろう?よくわかりませんが思い立ったら吉日。即、行動であります。
日付が変わった0時過ぎ、「えっ!こんな時間にドコ行くの?」ってな表情の愛犬2匹をクルマに放り込み、近くの「ドンキホーテ」で必要なものを購入して午前1時イザ出発。
面白いですね、真夜中のドンキホーテ。女性はほとんどがすっぴん、無防備です。まるで風呂上がり(笑)。
そんなことに感心?しながらクルマは西名阪→名阪国道→伊勢自動車道と順調に走ります。
あ、途中、伊賀上野の少し前くらいのところでクルマ3台の玉突き事故があったみたいで、警官に誘導されながら、現場横を通りました。トラックはガードレールに乗り上げ横転寸前、ワンボックスは後部を大破。こ、怖い、もう少し早い時間にココを通っていたら・・・とにかく安全運転、気を引き締めて、行きましょ。

<かなり寂しい真夜中のSA>
名阪国道の関JCTから伊勢自動車道に入ってひとつ目のSA『安濃(anou)』でちょっと休憩。
それからまたクルマを走らせ午前4時、伊勢西インターを降りました。
ところで「お伊勢さん」と親しく呼ばれている「伊勢神宮」、単に「神宮」というのが正式な名称なのですねえ、私はこの歳になって初めて知りました。
神宮は伊勢・宇治の五十鈴(いすず)川上にある皇大神宮(こうたいじんぐう、内宮=ないくう)と、そこから6キロ離れた伊勢・山田の原にある豊受大神宮(とようけだいじんぐう、外宮=げくう)の総称で、古くは伊勢太神宮(いせのおおみかみのみや)とも言ったそうです。
まずは神宮の外宮(げくう)から参拝するのがならわしなので、そちらの方へ。ちょっと早すぎるのでコンビニに寄ったりしながら、午前5時に外宮の駐車場に入りました。外はまだ真っ暗なので、明るくなるまでここで待つことにします。ちょっと仮眠。(このままお昼頃まで眠ってしまったらどうしよう・・・)
午前6時半、そろそろお参りしますか。(ヤッタァー!寝過ごさなかったヨォ)、早朝の参拝は大変気持ちの良いものです、さらに今日は風が強い(台風の影響かな?)ものの、空は澄み渡り、とってもイイ気分です♪

<ここから入ります>

<九丈殿の前を通り過ぎ・・・>

<ここが、豊受大神宮(外宮)の正宮>
外宮にはお米をはじめ、衣食住の恵みをお与えくださる産業の守護神、豊受大御神(とようけのおおみかみ)が祀られています。第二十一代雄略天皇の二十二年(西暦5世紀)、雄略(ゆうりゃく)天皇は、夢の中で天照大御神のお教えを受られ、豊受大御神を丹波の国(現、京都府北部)から、内宮にほど近い山田の原にお迎えしたそうです。今からおよそ1500年前ことです。天照大御神(あまてらすおおみかみ)のお食事をつかさどる御饌殿都神(みけつかみ=食物の神)としてお迎えしたワケですね。
それでは参拝を。二拝(最敬礼を二度行う)次に二拍手(手を二度打つ)次に一拝(最敬礼を一度行う)という作法に則って。
風が強かったせいもあるのでしょうが、木々のざわめきが神のささやきのように聞こえて頭の周りや体中に『気』を感じたような・・・。とても清々しい気分です。

<長い石段を上がります>
別宮も同様にお参りしましょう。豊受大神宮大前の御池にかけられている亀石を渡ると、右手に土宮、左手に風宮があります。そして石段をあがり外宮の第一別宮である多賀宮に向かいます。

<多賀宮(たかのみや)>
豊受大御神荒御魂(とようけおおみかみのあらみたま)。外宮の第一別宮として古くより特別な待遇を受けてきた古社だそうです。農業に携われる方や産業全般にわたって従事される人々の篤い崇敬を集めているのだそうです。

<おーい、早よ帰ってこいヨ〜>
もっとよく勉強してお参りするのでした、わからないことだらけですネ。
クルマに戻りそれでは内宮へ向かいましょう。
今朝降りた伊勢西インターを挟んで、約6キロほど走ったところに内宮があります。
時刻も7時半になりました。陽もだいぶ上って、よく晴れています。気持ちよい朝です。
外宮も内宮も駐車場が無料なところがいいデス。しかも広い。でも早朝だから空いているのでしょうね、これがお昼近くになると、とんでもない混雑になるのでしょうねえ。

<宇治橋>

<五十鈴川>
五十鈴川に架かる宇治橋を渡って内宮(皇大神宮・こうたいじんぐう)へと進みます。
とても穏やかな流れの川でした、すごく神聖な感じがしました。
この内宮のご祭神が天照大御神(あまてらすおおみかみ)です。歴代天皇が皇室にてお祀りしていたのですが、第十代崇神(すじん)天皇(すじんてんのう)の代に大和の笠縫邑(かさぬいむら)に祀られ、それから各地を巡幸し、第十一代垂仁(すいにん)天皇の二十六年(約2000年前)に伊勢のこの地で祀られるようになりました。神宮では御名をたたえて、天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)といいます。
さて、先に進みましょう。

<参道>
とにかくとても厳かな気持ちになります、とにかく気持ちイイです、ゾクゾクッと身が引き締まります。

<手水舎>
この手水舎で身を清めます。本来は五十鈴川で手を洗い、口をすすぎ、川の中に入って禊(みそぎ)をし、心身を清めていたのですがこの手水舎で簡略化して行います。
ここで手水の仕方を。まず柄杓に水を汲んで、左右の手を洗います。次に左の掌に水を受けて、口をすすぎます。柄杓から直接口をつけるのは不作法とされていますのでご注意を。と、いうことです。

<本当はここで禊(みそぎ)をしなければならないのです。>
参道の右手のゆるやかな斜面を下りていくと、元禄5年(1692)徳川綱吉の生母、桂昌院が寄進したものといわれる石畳を敷き詰めた五十鈴川岸の御手洗場(みたらし)にでます。本来はここでお清めするのですねえ。

<皇大神宮(正宮)>
そこから少し参道を歩くと左手に正宮へと上がる石段が現れます、その石段の最上部に正宮があり天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)が祀られています。ここから先は写真撮影は厳禁です。
垂仁天皇26年にご鎮座されてから2000年、唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)と名付けられる建築様式のご正殿はじめ付属の殿舎ならびに御垣は、20年に1度、式年遷宮というお祭りで建て替えられます。それによって今でも2000年前と変わらない姿を拝見することができるのです。スゴイですねえ♪

<平成25年に新築される場所>
この次の式年遷宮は平成25年です。上の写真の場所に新しく建てられるのです。
そしてここ内宮でもいくつか別宮を参拝しました。
本当にどこを参ってもピィーンと張り詰めた、そしてピュアな空気が印象的で清清しい気持ちになることができました☆
さて時刻はまだまだ午前8時をちょっと過ぎたところです、ちょっと門前町でも見物しますか。

<早朝の門前町>
さすがにこの時間ではお店はまったく開いていませんね(笑)。
しかたないのでおかげ横丁付近の赤福本店でも見学しますかネ。

<赤福本店>
赤福本店はしっかり開いていました。
ここで、お伊勢まいりの終了です。長々とお付き合いありがとうございました。次回お参りの時はもっとディープなところが発見できたらいいナ♪
今日はこのあと、三重県多気郡の薬師霊場をお参りします。
つづく。
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